2004年5月 5日 :
41歳の春だから
5月4日でバカボンのパパと同い年になった。パパと似ているのは、鼻毛が勢い良く伸びるところと、美人の伴侶がいるところです。あ、言い過ぎ。40歳で死んだジョン・レノンの訃報に触れた17歳の時には、40というのは人間的にも充実した年代のように思えたけど、いざ自分がなってみるといつまでも20代の延長の気分が残っててなんとも頼りない感じがするもんだ。
自分のタイツ趣味みたいなものを意識しだしたのは5歳頃、天啓(笑)を受けてタイツ絵なるものを描き始めたのは11歳頃だったかな。今と同じくファッション画風のものもあれば、SMっぽいものを描いていたりもした。小学生が描くタイツSMってのもなんか壮絶なんだが。
単純に絵を描くのは楽しいけれど、実は自分の外部に絵として定着させることで、自分の中にあるタイツ趣味=ヘンタイ性みたいなものが消えてくれるんじゃないかと思ってもいたのだ。
ルーズリーフに一枚一枚描いて丁寧にバインドして、何百枚も溜まったある時ふと気持ちが軽くなり、よかったやっとオレの中のヘンタイが消えてくれた、今日から真人間だメデタシメデタシ、となることを目指していたわけ。ところがどっこい邪念は消えるどころか増すばかり。しかも自分のためだけの絵なので客観的に見た場合の技術の向上というものも得られずに、気がつくと人生後半戦の今、こうしてヘタレ絵&駄文のサイトなんぞを何年も続けている。
実は20代の後半ぐらいから「オレの中のヘンタイ」は自分にとっての余分な付着物というより、自分を形作るパーツのひとつだと思うようになった。よくよく考えればタイツのこと考えてぽーっとしてるなんて、人畜無害な行為だしね。それに自分のパートナーとなるべき女子はこんな「オレの中のヘンタイ」を理解してくれるんだろうか、なんて心配も杞憂に済んだ。自分にとっての内面的な大問題なんぞしょせん他人とっては取るにたならないことのようだ。まぁ属性のひとつといったところみたい。
そんなわけで誕生日を迎えるたびに、歳を取るのはじつに心地よいもんだなぁなんて感じてます。成熟にはほど遠いがこれからもダラダラといきますよ。まだ残りも長そうだし。なんせ、住宅ローン完済の日まであと33年と10ヶ月なわけなので(笑
昔のノート(日付は1979年の春)を見ていたら、上に上げたようなファッション画が描いてあった。歌のおねえさんのようなオーバーオールに白タイツがお気に入りだったらしい。ん〜、脚が胴体の2倍もあるようなとんでもなくこっ恥ずかしい絵なので、2004年バージョンをどうぞ。
投稿者 テイク : 2004年5月 5日 19:43
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ワタシも2月にバカボンパパの歳に
なってしまいましたが、同じことを
感じてますよ。20代の頃見ていた
40のセンパイ方は、失礼ながら
すごい「オジサン」に見えてたのですが
自分がその歳になってみると・・・
うーーん。
投稿者 bean. : 2004年5月 6日 01:12
おおbeanさんは同年代(学年で言うといっこ上)でしたか。新人類とかマニュアル世代とか言われていた我々も社会の真ん中でがんばっているわけですね(除・自分 でも我々の年代ってアナログとデジタルの端境期を生きて来たので、いろいろ起用ですよね。
投稿者 テイク : 2004年5月 7日 17:13
お誕生日おめでとうございます。
お祝いの言葉遅れまして申し訳ないです。
月並みで申し訳ないが、良く言われる
言葉で「40にして迷わず」とありますが、
貴殿より、約3年先行している私が、
この頃良く感じる事、それは、大いに「迷う」
そして、日々楽しく純粋に過ごす。それと、
自分の好きなことを好きな様にやり続ける
努力をする。但し、俗に言われる「オトナ買い」
してる輩には、何が何でも負けない事。
こんな事を感じて生きております。
少々長くなりましたが、お祝いの言葉の付録に
させていただきます。また機会ありましたら
お酒のお付き合いをさせていただけたら
幸いです。では、御機嫌よう。 晴風。
投稿者 鷹野晴風 : 2004年5月10日 01:58
あーどもども晴風さんありがとうございます。
たまにボブ・ディランの「フォーエバーヤング」を聞いて、オレも一生「ヤング」でいたいなぁなんて思います。
なんか、年取っても若いもんとサッカーやってることを自慢する中間管理職みたいな「ヤング」ではなくて、体が衰えても精神的に錆び付かない、という意味で。
投稿者 テイク : 2004年5月15日 04:39